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ポストコロナは「ジョブ型雇用時代」になるのか

2021年11月15日更新

中小企業の人材確保を実現する“アフターコロナ”の人事・賃金制度

ポストコロナは「ジョブ型雇用時代」になるのか

[神田靖美氏(賃金コンサルタント)]

ジョブ型雇用とは何か

経団連が2020年に提起して以来、ジョブ型雇用が注目され、これを礼賛するマスコミ記事も数多く発信されています。
ジョブ型雇用とは、独立行政法人労働政策研究・研修機構の労働政策研究所長である濱口桂一郎氏が2009年に『新しい労働社会』(岩波新書)で提示した言葉です。
欧米で一般的である、仕事の内容を労働契約で明確に定めて、労働者はその範囲内の労働に対してのみ義務を負い、会社は権利を持つという形の雇用をジョブ型雇用と呼びました。
これに対して、日本で一般的である、雇用契約で具体的な職務を定めず、会社がそのつど職務を決める雇用の形をメンバーシップ型雇用と呼びました。
濱口氏は『ジョブ型雇用社会とは何か』(2021年、岩波新書)のなかで、メディアに氾濫しているジョブ型論を「私の提示した概念とは似ても似つかぬもの」としたうえで、ジョブ型とメンバーシップ型の違いを次のように整理しています。

【ジョブ型とメンバーシップ型の違い】

  ジョブ型 メンバーシップ型
雇用 職務を特定して雇用する。職務に必要な人員が減少すれば解雇を行なう。 職務を特定せずに雇用する。職務に必要な人員が減少しても、他の職務に異動させて雇用契約を維持する。
賃金 ジョブに値段がついている。 人に値段がついている。客観的な基準は勤続年数や年齢。
労使関係 職業別・産業別の労働組合と、職種ごとの賃金を決める。 企業別労働組合と企業が、総額人件費をいくら増やすかを決める。

注:濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』(2021年、岩波新書)より筆者作成

ひと言でいえば、仕事に人を貼り付けるのがジョブ型雇用、会社に人を貼り付けるのがメンバーシップ型雇用です。

企業側のメリットは即戦力人材を採用できること

企業側にとって、ジョブ型雇用の最大のメリットは、必要な人材を臨機応変に調達できることです。たとえば、デジタル技術を使いこなす高度人材を、社内で育成するのではなく、労働市場から完成品を調達します。
もう一つのメリットは、雇用契約の終了が円滑に行なえるようになることです。メンバーシップ型雇用では、普通解雇であれば、その従業員が職務を果たせないことを立証することが必要です。整理解雇であれば、「人員整理の必要性」「解雇回避努力」「人選の合理性」「手続きの妥当性」という4要件を満たす必要があります。解雇の手続きが煩雑であるため、いわゆる「追い出し部屋」のような悲劇さえ起こりました。
これに対してジョブ型雇用では、その職務が必要なくなったこと、あるいは必要量が減ったことを証明すれば十分です。「プロジェクトが終わったから」というようなことも解雇事由になるはずです。

労働者からのコミットメントは低下する

解雇というと穏やかでありませんが、もともと仕事がある間だけの雇用と割り切っている人にとっての解雇と、定年までの雇用が前提である人にとっての解雇では、意味が異なります。
メンバーシップ型雇用の人にとって解雇が苦痛であるのは、職場という共同体から排除されるからです。しかし、ジョブ型雇用の人にとって、職場は必ずしも共同体ではありません。それにジョブ型雇用に志願するような人は、もともと配置転換されてまで会社に残ることを希望しないでしょう。
けっして解雇を奨励するわけではありませんが、日本でも解雇が行なわれていることは事実です。余剰人員を抱え込んでいられないことに、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の間で違いはありません。
解雇が容易であるということは、必然的に労働者側からの会社へのコミットメント(一体感)の弱さにつながります。「万が一の時は、解雇を回避しません」と念を押されている人たちが、会社に一体感を抱くはずがないからです。
ジョブ型雇用の下では、企業側は常に同業他社の賃金水準や労働条件に関する情報を入手し、自社が見劣りしないように保っていなければならないでしょう。

ポストコロナはジョブ型雇用社会になるのか

かつて例外的であったパート・アルバイト社員が、いまや労働力の相当な部分を占めるようになっています。
ジョブ型雇用社員も、主流とはならないまでも、将来的に一定勢力を占めるようにはなると思われます。その理由として、三つのことが挙げられます。
第一に、企業の人材育成力が低下してきています。メンバーシップ型雇用は、社内での育成と補完的な関係にあります。職業経験がない新卒者を採用し、職場内訓練で人材を育成するのがメンバーシップ型の人材調達です。しかし、企業の人材育成力は年々低下しています。厚生労働省の『就労条件総合調査』によると、労働費用全体に占める教育訓練費の割合は、1980年代後半をピークに減少傾向にあります。
第二に、ジョブ型を採っている欧米企業のほうが、労働生産性が高いということがあります。公益財団法人日本生産性本部の『労働生産性の国際比較』によると、2019年時点で、日本企業の時間当たり労働生産性は、OECD加盟37か国中21位であり、OECD平均の81%にとどまります。いまや日本型経営は優位性を失っているといえるでしょう。
第三に、知識や技術の寿命が短くなっていることです。寿命が短い知識や技術は、メンバーシップとして所有せず、ジョブとして賃借したほうが有利です。

ジョブ型雇用は労働者のユートピアなのか

ジョブ型雇用は、労働者にとって必ずしもユートピアではなく、むしろディストピアになる恐れもあります。
DX(デジタルトランスフォーメーション)や人工知能など、最先端の知識を駆使するような領域では、高校や大学で得た知識だけを使って一生働き続けることは困難です。絶えず、リカレント教育(成人のための再教育)を受けることが必要になってくるからです。
50代や60代、あるいはそれ以上になっても勉強を続ける意欲がある人にとって、ジョブ型雇用社会はユートピアになるかもしれません。
一方、通勤電車でゲームに興じているような人(筆者もその一人)にとっては、長時間労働社会以上のディストピアにもなり得るでしょう。
執筆者プロフィール

神田靖美氏(賃金コンサルタント)
人事制度のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。(株)ナショナル証券経済研究所、(株)賃金管理研究所を経て、2010年リザルト株式会社設立。主に中小企業向けに、賃金・評価制度の導入をサポートしている。日本実業出版社『企業実務』に賞与相場、賃上げ相場の予測記事を20年にわたり執筆中。著書に『成果主義賃金を正しく導入する本』(2003年、あさ出版)など。日本賃金学会会員。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。
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