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大切な社員を辞めさせない賃金、評価、教育訓練

2022年2月28日更新

中小企業の人材確保を実現する“アフターコロナ”の人事・賃金制度

大切な社員を辞めさせない賃金、評価、教育訓練

[神田靖美氏(賃金コンサルタント)]
離職は、企業にとって大きな損失になります。募集広告を出す費用、人材仲介会社に支払う手数料、教育訓練費用、見習い期間に支払った賃金など、すべてが水泡に帰してしまいます。辞めた社員が重要な仕事を担当していた場合、会社はノウハウや情報といった知的資産も同時に失ってしまいます。定着率が低くては、無駄になるのが怖くて教育訓練にも投資ができません。
そこで今回は、社員の定着率を上げるために会社ができることについて考えてみました。

アフターコロナは離職率が上がるおそれ

まず、近年の離職の状況からみていきます。下図は、厚生労働省の『雇用動向調査』における「一般労働者」の「個人的理由による離職率」(1年間の離職者数÷1月1日現在の常用労働者数)の推移です。
最近期である2020年はコロナの影響で急落していますが、コロナ直前の2019年は、高水準であった2006年と同程度まで離職率が上がっていました。このことから考えて、コロナ収束後は再び離職率が上がる可能性があります。

(資料:厚生労働省『雇用動向調査』をもとに作成)

同業他社より高い賃金を払うことは確実な効果がある

定着率を上げるために賃金でできることは、二つあります。
一つは、やはり高い賃金を支払うことです。同業他社より高い賃金を支払うことは、離職防止に確実な効果があります。離職するときにまず考えるのが同業他社に転職することですが、それにより賃金が下がってしまう状況を作っておけば、社員は容易に辞められません。
賃金の決め方でよくある悪いパターンは、新人であることを理由に、どれほど優秀で経験が豊富な人でも既存の社員より低い賃金で採用し、そのまま見直しをしないで放置しておくことです。新しい人が入るたびにより低い賃金で採用するので、際限なく賃金水準が下がっていきます。
採用時の賃金を低く抑えることはある程度しかたがありませんが、戦力になることが明らかになってきたら、定期昇給のほかに特別昇給もして、中途入社のハンディキャップから解放することが必要です。重要な、辞められたら困る社員は、勤続年数がどうであれ、同業他社に見劣りしない賃金を支払うことが、定着率を上げるためには必要です。
もっとも、同じ人数でありながら賃金を底上げするというのは、急成長企業を除けば現実的でありません。そういう場合は、誰かが退職したときに、残った人数で、その分賃金を上げて経営していく方法を考えます。あるいは、辞められたら困る重要な人材に限って、特別昇給を行います。

「年功は諸悪の根源」は誤解

定着率を上げるために賃金でできる二つ目のことは、年功賃金です。 年功が諸悪の根源であるかのような言説が一部にありますが、「年功賃金の経済的合理性」ということは、労働経済学の基礎知識です。
会社人生を初期・中期・後期に分けると、初期は育成期間であり、生産性より教育訓練費のほうが上回っているにもかかわらず、会社は賃金を支払います。
中期は働き盛りのときであり、生産性と比較して見劣りする賃金しか支払いません。このことによって、会社は初期の教育訓練費を回収します。
しかし、それだけでは社員は辞めてしまうので、会社は後期に、生産性を上回る賃金の時期を作ります。これによって働き盛り世代の離職を防ぎます。
簡単にいえば、これが「年功賃金の経済的合理性」です。年功賃金のもとでは、社員は、よほど高い賃金で引き抜かれない限り、不利な状況になっています。年功賃金は、社員に定着するインセンティブを作っているのです。
ただし、年功賃金とは、年齢や勤続年数だけで一元的に賃金を決めることを意味しません。同じ成績ならば勤続年数が長いほど賃金を高くする、同じ勤続年数ならば成績が高いほど賃金を高くする、という意味です。
賃金制度の鉄則の一つに、「評価つき定期昇給がある」ということがあります。定期的に賃金を上げるけれども、全員同額ではなく、成績によって上がる金額に差をつけるということです。この制度がない状態で、高い定着率を実現することは困難です。
前述の「能力の程度が明らかになってきたら、中途入社のハンディキャップをなくす」ことは、年功賃金と矛盾しません。特別昇給は、十分な戦力になるまで勤めてきた年功に対する報酬のひとつです。

公正な評価はコミットメントを高める

定着率を上げるために評価でできることは、公正な評価を行なうことです。自明のことだと思われるかもしれませんが、社員が公正さを実感できるような評価をしている会社は、それほど多くありません。
評価が公正に行なわれているという思いは、会社へのコミットメント(情緒的な結びつき)を強化することが明らかになっています。
ある介護施設では、評価結果を公開しています。評価要素は、受け持ち入居者の定着率や入居者満足度アンケート、ケアプラン理解度など客観的なものに限られており、秘密にする必要がないからです。「積極性」や「協調性」「誠実性」といった、いわゆる「人物人柄」の評価はしていません。評価結果を公開しているだけに、評価不正はできません。上司が部下を一方的に評価するのではなく、面談で確認しながら評価します。万が一、不公正な評価をされた場合は、会社側に苦情申し立てをすることができます。
JR東日本の深澤祐二社長が、「乗客はコロナの前に戻らない」との認識を示しているように、在宅勤務はコロナ後も定着していくことが見込まれます。在宅勤務を続けることになると、人物人柄ではなく、「成果の評価」がいっそう強く求められるに違いありません。

「わが社でしか使えない」技能を育てる

定着率を上げるうえで、賃金と評価に劣らず効果があるのが、その会社でしか使えないような技能を育てる教育訓練です。
仕事で使う技能は、その企業でしか役に立たない「企業特殊的技能」と、どの企業でも役に立つ「企業一般的技能」に分けることができます。
企業特殊的技能には、自社の製品に関する知識、自社の製造過程の知識、自社の供給体制の知識などがあります。企業一般的技能には、エクセルやパワーポイントのスキル、ビジネスマナー、会計の知識などがあります。そして多くの場合、人は所得の大部分を、企業特殊的技能を使って稼ぎ出しているといわれています。たしかに、自社製品の知識よりパワーポイントのスキルのほうが重要な仕事というのは想像できません。
したがって、企業特殊的技能を育てることは、労働者一人ひとりの生産性を上げることにもつながるわけですが、一方で、他社で活用できる技能ではないため、技能を身につけた人が「辞めて他に行こう」と思うリスクも少ないということになります。
企業特殊的技能は、人を企業に引き付ける技能、とも言えるかもしれません。
執筆者プロフィール

神田靖美氏(賃金コンサルタント)
人事制度のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。(株)ナショナル証券経済研究所、(株)賃金管理研究所を経て、2010年リザルト株式会社設立。主に中小企業向けに、賃金・評価制度の導入をサポートしている。日本実業出版社『企業実務』に賞与相場、賃上げ相場の予測記事を20年にわたり執筆中。著書に『成果主義賃金を正しく導入する本』(2003年、あさ出版)など。日本賃金学会会員。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。
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