• ヘルプ
  • MYページ
  • カート

「メンバーシップ型雇用」から、注目の「ジョブ型雇用」へ――中小企業はどう対応すべきか?

2023年3月30日更新

社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」

「メンバーシップ型雇用」から、注目の「ジョブ型雇用」へ――中小企業はどう対応すべきか?

[有馬美帆氏(特定社会保険労務士)    ]

1.古くて新しい話題の「ジョブ型雇用」

最近は、「ジョブ型雇用」あるいは「ジョブ型」という言葉が広く聞かれるようになってきました。
岸田文雄首相は、「日本企業にジョブ型の職務給中心の給与体系への移行を促す指針を策定する」との方針を明らかにしています。
これを受けて、政府の「新しい資本主義実現会議」でジョブ型に関連する議論も行なわれています。
すでにジョブ型を導入する大企業も出てきていますので、中小企業の経営者や人事労務担当者の方々にとっても、気になる話だと思われます。

とはいうものの、現時点では、政府や大企業が「そもそもジョブ型雇用やジョブ型とは何か」について共通の理解に立って施策を講じているわけではないので、理解が難しいところです。

濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構労働政策研究所長)は、著書『新しい労働社会 雇用システムの再構築へ』(岩波書店、2009年)のなかで、「日本型雇用システム」について説明を加えたうえで、日本社会は「ジョブ(職務)という概念が希薄だという特徴がある」としています。

2009年の段階で、すでに「ジョブ型雇用」についての説明がなされた新書が発売されていたのですから、実はこの問題は「古くて新しい」問題といえます。

その後、濱口氏は『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機』(岩波書店、2021年)という、まさに今回のテーマそのものの著書を刊行されています。

そのなかで、ジョブ型雇用社会と日本型雇用システムの違いの本質は、「職務と人間のくっつけ方」にあると明快に断じていらっしゃいます。

濱口氏の2冊の著書を参考に、まずはジョブ型雇用と日本型雇用システム(メンバーシップ型雇用)の違いについて説明していきます。

2.「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」

ジョブ型雇用とは、「職務(ジョブ)」が先にあり、その職務にふさわしいスキル・能力を持った人間を当てはめる(「職務に人間をくっつける」)という雇用の仕組みのことです。
欧米諸国では、産業革命以来、一貫して企業組織の基本的な仕組みとなっています。

それに対して、日本はジョブ型でないからこそ、今回のようなテーマを取り上げるわけなのですが、「それでは何型なのか?」といえば、高度経済成長期以降は「メンバーシップ型雇用」が基本的な仕組みになっています。
従業員という人が先にあり、その人になんらかの仕事を当てはめる(「人間に職務をくっつける」)のです。

【ジョブ型雇用】=職務に人間をくっつける(職務を遂行できるスキルがあることが前提)

【メンバーシップ型雇用】=人間に職務をくっつける(スキルは後で身につける)

ここでの「人間」として主に想定されているのが、「いつでも・どこでも・なんでも」仕事をしてくれるメンバー(正社員)なのです。
「いつでも」とは、主に時間外労働(残業)のことで、「どこでも」とは主に転勤のことであり、「なんでも」とは職務や職種の変更のことを意味します。
このメンバーを、新卒一括採用して、年功序列型賃金を支給し、終身雇用してきた(あわせて「三種の神器」とも呼ばれます)のが日本型雇用システムであり、メンバーシップ型雇用はその一側面を表したものといえます。
メンバーシップ型雇用が長らく日本企業の基本的な仕組みとなってきたのは、そこにメリットがあったからです。

正社員が長時間労働をすることは、不景気の際の人員整理の可能性を減らすことになります。
好景気に対応してすぐに人員を増やすシステムを採用してしまうと、次に不景気が到来したときにリストラをする必要が出てきます。
それを避けるために、好景気のときに長時間労働を行なうことで対応してきた面があります。

また、勤務地や職務を変更できることは、人材活用の柔軟性を生む面がありました。
新卒採用で入社した正社員をジョブローテーションさせることで、適性を見極めたうえで育成することができたり、不採算部門から採算の取れる部門へと人材を異動させたりすることができるからです。

先ほどの「三種の神器」以外に、企業別労働組合が日本型雇用システムの特徴として挙げられます。企業別労働組合は主に大企業で見られる特徴とされますが、これは中小企業では労働組合の組織率が低いことによります。中小企業は新卒一括採用より中途採用の比率が高い面もあります。

とはいえ、中小企業でも多くが年功序列型賃金や終身雇用を採用してきましたので、日本型雇用システムや、メンバーシップ型雇用は、半ば日本の常識的な「働き方」だったといえます。

3.「ジョブ型雇用」に注目が集まる理由

このメンバーシップ型雇用、日本型雇用システムに多くの企業が限界を感じつつあるというのが、ジョブ型雇用に注目が集まっている理由です。

「いつでも、どこでも、なんでも」というメンバー(正社員)を中心とする組織は、「新卒採用された男性」を前提としていた面があるため、妊娠や出産などで組織を離れざるを得なかった女性や、定年退職後の高齢者、非正規労働者などを十分に活用できないマイナス面が目立つようになってきたのです。

また、メンバーになれば年功序列で賃金が上昇し、定年まで勤めていられるということは、企業からすれば「成果」を出してくれない従業員でも、それなりの賃金で雇い続けなければならないことを意味します。

そこで、「ジョブ型ならば成果に応じた賃金が支払えるのでは?」と考える方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、ジョブ型雇用は成果主義とは異なります

なぜなら、ジョブ型雇用は「職務に人をくっつける」わけですが、その職務に最初から賃金が設定されていて、その職務を行なう契約を締結した従業員は、同じ職務を担当している限りは同じ賃金が支給される賃金制度(職務給)だからです。

ここまで読み進めてお気づきの方も多いと思いますが、「同一労働同一賃金」というのは、本来はジョブ型における概念です。

同じ労働(職務)なら同じ賃金が設定されているわけですから、成果を評価するという点では、人事評価を賃金に反映できるメンバーシップ型のほうがよい面もあります。

このように、ジョブ型は決して万能薬ではありませんから、そのメリット、デメリットをよく理解して、自社の人材・組織マネジメントの方向性を決定する必要があります。

しかし、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)技術の活用に対応できるデジタル人材など、高度の専門性を持った人材が企業の死命を制する現状において、メンバーシップ型雇用ではあまりに悠長すぎる面があります。

「何も知らない」新卒の学生を採用したうえでじっくり育成することにもメリットはありますが、それだけでは高度専門人材不足には対応できません。

また、高度の専門性を持った即戦力人材を採用しようとしても、年功序列の賃金体系では、仮に若くて有能な人材が獲得できそうでも、その人材に見合わない程度の賃金しか提示できないことになってしまいます。

現在、日本の多くの企業の賃金制度は、職能給が中心となっています。
職能給とは、職務を遂行する能力に応じて賃金を支払う制度のことです。

この職務遂行能力は、年齢や勤続年数に応じて向上すると考えられている面があるため、実質的に職能給が年齢給と変わらない企業も多く見受けられます。

職能給は、年功序列型賃金の日本型雇用システムにフィットしていたからこそ普及したわけですが、前述のように高度の専門性を持った若くて有能な人材の獲得などへの対応が難しく、限界が見えてきています。

賃金体系の転換は容易なことではありませんが、なんらかの形で「職務に値札をつける」ジョブ型の職務給の考えを導入する必要性が高まっているのも事実です。
【職能給】=職務遂行能力に応じて定められる賃金(人に値札をつける) 【職務給】=職務の内容に応じて定められる賃金(職務に値札をつける)

4.注目される政府の「指針」

冒頭で紹介した岸田首相の「ジョブ型の職務給中心の給与体系への移行を促す」という方針も、このような問題意識を反映したものです。

「ジョブ型の職務給中心の給与体系」に関する指針は、ことし6月に発表されるということで、現在、新しい資本主義実現会議で議論が重ねられています。

その「論点」として掲げられているもののなかに、「個々の企業の実情に合った職務給(ジョブ型雇用)の導入方法を類型化する必要があるのではないか。たとえば、ジョブ型雇用(職務給)を一度にではなく、順次導入する。あるいはスキルだけではなく、個々人のパフォーマンスや行動の適格性を勘案するといった導入方法も、バリエーションとして示すことに意味があるのではないか」という、今回お伝えした内容に関連するものも見られます。
ここまではジョブ型についての説明をしてきましたが、多くの中小企業にとっては、ジョブ型雇用よりも「賃上げ」への対応が喫緊の課題でしょう。

岸田首相は、最低賃金の全国加重平均を2023年に1,000円に引き上げる目標を示しました。この引き上げにも対応しなければなりません。

いつの時代も賃金の設定は企業にとって頭の痛い課題ですが、円安や物価上昇とも相まって、今年ほど重い課題としてのしかかってくる年はなかなかないと思われます。

しかも、賃上げだけではなく、「ジョブ(職務)」とも向き合わなければいけないという点では、かつてないほどの難局を迎えているともいえます。

この連載でも、「ジョブ型の職務給中心の給与体系」の政府指針が発表された場合には、改めてその内容を取り上げて、賃金という重い課題について考えていきたいと思います。
執筆者プロフィール

有馬美帆氏(特定社会保険労務士)   
社会保険労務士法人シグナル 代表社員。ISO30414リードコンサルタント。2007年社会保険労務士試験合格、社会保険労務士事務所勤務を経て独立開業、2017年紛争解決手続代理業務付記。IPO支援等の労務コンサルティング、就業規則作成、HRテクノロジー導入支援、各種セミナー講師、書籍や雑誌記事、ネット記事等の執筆を中心に活動。著作として、『M&A労務デューデリジェンス標準手順書』(共著、2019年、日本法令)、『起業の法務-新規ビジネス設計のケースメソッド』(共著、2019年、商事法務)、『IPOの労務監査 標準手順書』(共著、2022年、日本法令)など。

連載「社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」」

企業実務サポートクラブとは?詳しくは資料ダウンロード
1冊無料お試しはコチラ
企業実務サポートクラブとは?詳しくは資料ダウンロード
1冊無料お試しはコチラ