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「2040年問題」を克服するためには 時代に応じた知識やスキルのアップデートが必要!

2023年5月30日更新

社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」

「2040年問題」を克服するためには 時代に応じた知識やスキルのアップデートが必要!

[有馬美帆氏(特定社会保険労務士)    ]

1.「2040年問題」とは?

最近、「2040年問題」という言葉が報道に多く登場するようになりつつあります。
これは、日本社会の少子化による人口減少と高齢化によって、2040年に直面する各種の深刻な問題の総称です。その問題はあまりに多種多様なのですが、中小企業の人材・組織マネジメントという点からすると、2025年から2040年の15年間で、15歳から64歳までの生産年齢人口が約1,100万人も減少してしまうという問題への対応が特に問われるべきでしょう。
本連載は「VUCA(先行き不透明)の時代」にいかに対応するかを1つのテーマとしていますが、人口動態は将来が見えやすい領域でもあります。

2040年というと、まだまだ遠い将来のことで、目先の課題に集中したくなる中小企業もあるとは思います。しかし、2040年問題は「現在進行中」で、生産年齢人口は加速的に減少していきますので、実はこれもまた目先の課題といえるのです。
リクルートワークス研究所の『未来予測2040 』では、「労働供給制約社会がやってくる」という衝撃的なサブタイトルが付けられていますが、これは決して大げさなものではありません。
生産年齢人口は加速的に減少する一方で、65歳以上の高齢者人口は2040年に向かって増え続けていきます。日本は人口減少社会に突入していますが、それでも2040年時点では人口約1億1,100万人と予測されています。
つまり、人口は現在と変わらず多く、モノやサービスに関して、せっかく需要があっても人手不足で供給できずビジネスが立ち行かなくなるという、黒字倒産にも似たような状況が起きかねません。

表:2019(令和元)年と2040(令和22)年の比較

  2019(令和元)年 2040(令和22)年
推計・仮定値
総人口 約1億2,600万人 約1億1,100万人
65歳以上人口(総人口比) 3,589万人(28.4%) 3,921万人(35.3%)
20~64歳人口(総人口比) 6,925万人(54.9%) 5,543万人(50.0%)
就業者数 6,724万人 5,245~6,024万人
就業率 60~64歳 70.3% 80.0%(注)
65~69歳 48.4% 61.7%(注)
70歳以上 17.2% 19.8%(注)
資料出所:『令和2年版 厚生労働白書』から筆者作成

(注)経済成長・労働参加が進むケース

2. 労働供給制約への対応は最優先課題

思わず暗い気持ちにさせられてしまう話題ではありますが、すでに現在進行中の問題ですから、中小企業も今、この瞬間からでも対応に動き出すしかありません。
では、その対応策はどうすればよいのでしょうか。

本連載の第1回『自社の3年先、5年先は? 「人材年表」の活用による、先回りした人事労務管理』で、「人は必ず歳をとる」という当たり前の事実に向き合って、先回りした対策を講じることの重要性をお伝えしました。
これに加えて「採用可能な人材は必ず減っていく」ということもまた事実として向き合う必要があります。ただし、減ってはいくのですが、前出の『未来予測2040』では、2040年でも東京都だけは労働供給不足にはならないとのことです。
しかし、「わが社は東京の企業だから安心だ」とはならないのでご注意を。労働力が東京都では不足していないとしても、人材の高齢化は避けられませんし、新たに迎えようとする人材の中に自社にマッチした人材が見つかる確率は今よりも減っていくでしょう。
さらに、後述しますが、2040年時点で自社に人材がいたとしても、その時代に求められるスキルや知識を有していなければいけません。
やはり、どの都道府県においても2040年問題を深刻な問題として捉え、今から備えていく必要があるのです。

具体的な対応策となりますが、ロボットやAI(人工知能)の活用などによって、人に頼る領域を減らしていける業種の場合は、当然のことながらそちらの対応を進めていくことになるでしょう。
とはいうものの、ロボットやAIの導入には費用がかかる上に、現状では人に頼っていた業務を完全に代替することは無理な面があります。
そのため、多くの職場では依然として人に頼ることを前提とした人材戦略を構築していかざるを得ないでしょう。
その人材戦略は、やはり「現状の人材に長く活躍してもらう」ということが中心になっていくはずです。
結局は、この連載で毎回のように登場している「人的資本経営」の話に行き着くということです。
経済産業省は、人的資本経営を『人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方』と定義しています。
この定義に「中長期的な」という言葉が使われていることに大きな意味があります。2040年を見据えるという中長期的な視野で、現状の人材にどう働きかけ、どう学んで知識やスキルを身につけてもらい、どう活躍してもらうかを考えることが、労働供給制約社会においてもなお企業価値を保つために必要な人材戦略だからです。

3.「三位一体の労働市場改革の指針」を踏まえた対策

2023年5月16日に、政府の新しい資本主義実現会議から出されたばかりの『三位一体の労働市場改革の指針 』(以下「指針」といいます)においても、「人口減少による労働供給制約」という文言が登場します。
指針では、年功賃金制などの戦後に形成された雇用システムの変革の必要性が強調されるとともに、「人的資本こそ企業価値向上の鍵」とされています。
先ほど、「現状の人材にどう働きかけ、どう学んで知識やスキルを身につけてもらい、どう活躍してもらうか」が必要だとお伝えしましたが、指針はそれを働き手と企業が対等に「選び、選ばれる関係」と表現しています。

三位一体の労働市場改革の内容については、前回お伝えしたとおり、

①リスキリングによる能力向上支援

②個々の企業の実態に応じた職務給の導入

③成長分野への労働移動の円滑化

によって、持続的な賃上げを可能とすることを目指すものです。

≫ 連載第7回:『有能な人を「自社に遺す」ために、「働きがい」を生む人的資本経営に取り組もう』参照

その詳細は未だ明らかになってはいませんが、労働供給制約社会への対応は待ったなしですので、指針の方向性を踏まえつつ考えてみましょう。

今から17年後の2040年を思い浮かべてみてください。
たとえば、現在働き盛りの40歳の従業員の方は57歳になっていますが、「まだまだ働いてくれるはず」と安心してはいけません。
元気であっても知識やスキルがアップデートされていなければ企業の戦力にはならないですし、知識やスキルがあっても転職されてしまったら意味がありません。
指針では「中小・小規模企業労働者のリスキリングの環境整備」という形で、中小企業の従業員の知識やスキルのアップデートにも目が向けられています。
具体策としては、雇用保険の教育訓練給付でリスキリングに関するプログラムを受講する場合の補助率や補助上限の拡充が検討されています。
人への投資といっても、企業がその予算を確保するのは大変なことなので、これは朗報なのですが、気をつけていただきたいことがあります。

これまで国の学び直し支援策は企業経由が中心だったのですが、指針では、この能力向上支援について「個人への直接支援」の方向に動くと明言しています。これが要注意です。
前回も触れましたが、企業が従業員と社内におけるキャリアの方向性で一致しているのならばよいのですが、そうでないと、転職可能性を高めることになりかねない支援策の方針転換なのです。
三位一体の労働市場改革の柱の3つ目「成長分野への労働移動の円滑化」は、転職可能性を促進させる政策です。指針が示す「選び、選ばれる関係」は、中小企業の人材・組織マネジメントに非常に厳しい選択を迫るものだという覚悟が必要です。
その一方で、指針では、諸外国で人への投資を充実した企業においては、離職率の上昇が見られず、働く人が自分自身を成長させる機会を得られると考え、優秀な人材を惹きつける要因になるとしています。この点からも、企業が個人のリスキリング支援強化を図る必要があると言及しています。
これはたしかにそうなのですが、わが国の場合にそのまま当てはまるかは疑問です。というのも、いわゆる日本型雇用システムの特徴の1つである年功序列型賃金体系を採用する企業では、個人がリスキリングによって知識やスキルをアップデートしても、それが賃金上昇に反映されにくいからです。

「人への投資」という企業の成長を加速させるロケットの1段目がリスキリングだとするならば、2段目のロケットとして賃金体系の見直しが必要になります。
三位一体の労働市場改革が「①リスキリングによる能力向上支援」の次に「②個々の企業の実態に応じた職務給の導入」を掲げているのも、その流れから理解されるべきでしょう。
この職務給については、政府から年内にモデルが発表されるとのことですが、指針ではこの点について「職務給(ジョブ型人事)の日本企業での人材確保の上での目的」が最初に掲げられており、最後に「中小・小規模企業等の導入事例も紹介する」とあります。
今後、労働供給制約社会に対応した中小企業の人材マネジメントを考える上で、このモデルがまず参考にされることになるでしょう。
モデルでは、「ジョブの整理・括り方」「人材の配置・育成・評価方法」「ポスティング制度」「リスキリングの方法」「従業員のパフォーマンス改善計画」「賃金制度」など多様な項目が提示されるそうですが、「労働条件変更と現行法制・判例との関係」も示されるというのが大きく目を引きます。
賃金体系の見直しは従業員の労働条件の見直しにつながるものですので、法的な側面から慎重な検討を加えた上で合理的なものにする必要があります。
それが、戦後に形成された雇用システムの変更にまで踏み込むとなれば、経営体力のある大企業はともかく、中小企業にとっては政府にある程度明確な方向性や基準、そして支援策を示してもらわないと、取り組むことは難しいでしょう。
その点で「労働条件変更と現行法制・判例との関係」についてもモデルで示されることは、日本の雇用政策の大きな転換点になるとともに、中小企業の人材・組織マネジメントの大きな転換点になる可能性が高いと思われます。

4. 経営者や人事労務担当者もリスキリングを迫られる時代に

今回は、2040年問題という労働供給制約社会への対応策を『三位一体の労働市場改革の指針』から探るという内容でした。
2040年問題への対策には、今回紹介した内容以外にも、エンゲージメント、リテンション(人材確保、流出防止)、長時間労働対策、健康経営、高齢者雇用、出産・育児・介護に関わる人材のケアなど、人材・組織マネジメントにおける重要課題がたくさん含まれています。
これらはどれも人的資本経営においても必須の概念ですが、同時に人的資本経営という概念が話題になる前からの長年の課題でもあります。

長年の課題とリスキリングやジョブ型雇用という新たな課題、このどちらにも対応するためには、中小企業の経営者や人事労務担当者という人事戦略を構築する側の方々もまた、時代に応じた知識やスキルのアップデートが必要です。
2040年を安心して迎えるためのアップデートのお手伝いを積極的に行なっていくのが、われわれ社会保険労務士の新たな使命です。
今後の連載では、より具体的な課題について説明していきます。
執筆者プロフィール

有馬美帆氏(特定社会保険労務士)   
社会保険労務士法人シグナル 代表社員。ISO30414リードコンサルタント。2007年社会保険労務士試験合格、社会保険労務士事務所勤務を経て独立開業、2017年紛争解決手続代理業務付記。IPO支援等の労務コンサルティング、就業規則作成、HRテクノロジー導入支援、各種セミナー講師、書籍や雑誌記事、ネット記事等の執筆を中心に活動。著作として、『M&A労務デューデリジェンス標準手順書』(共著、2019年、日本法令)、『起業の法務-新規ビジネス設計のケースメソッド』(共著、2019年、商事法務)、『IPOの労務監査 標準手順書』(共著、2022年、日本法令)など。

連載「社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」」

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