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定年後再雇用者の「働きがい」は人的資本経営の重要課題!

2023年8月30日更新

社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」

定年後再雇用者の「働きがい」は人的資本経営の重要課題!

[有馬美帆氏(特定社会保険労務士)    ]
もうすぐ敬老の日を迎えるということもあり、今回は「高齢者雇用」についてと言いたいところですが、少し幅を広げて「高年齢者雇用」についてお伝えすることにします。
「高齢者」と「高年齢者」で何か違いがあるのか、という疑問を持たれた方もいらっしゃると思いますが、この2つのカテゴリの違いをしっかりと知っておく必要があります。

目次

1.「高齢者雇用」と「高年齢者雇用」

まず高齢者の定義ですが、世界保健機関(WHO)では、65歳以上としています。わが国の高齢者医療確保法でも、65歳以上としているので、本記事では65歳以上を高齢者ということにします。
「本記事では」というのは、道路交通法では70歳以上が高齢者講習の対象とされているなど、定義が違う場合もあるからです。

次に、高年齢者の定義です。こちらは「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年法)で55歳以上と定められています(高年法施行規則第1条)。

なんと、高齢者と高年齢者では、該当するスタート地点に10歳も違いがあります。この違いが、人材・組織マネジメントにおいては重要なのです。
次に紹介する判例は、定年後再雇用者に関する重要判例で、まさに55歳前後から備えが必要な事例です。

2.「高年齢者雇用」の問題としての定年後再雇用

本年7月20日に、自動車学校を60歳で定年退職して再雇用された嘱託職員が、定年前よりも基本給が減額されたことなどを不服として争った事件(名古屋自動車学校事件)に関する最高裁判所の判決が出されました。
定年前と同じ自動車学校の教習指導員の仕事をしていながら、基本給、精励手当、家族手当、賞与に正職員との待遇差があることが問題となった、いわゆる「同一労働同一賃金」に関する裁判であったため、非常に注目を集めていました。
しかも、最高裁は基本給に関する同一労働同一賃金問題について、初めて実質的な判断にまで踏み込んだため、マスコミでも大きく報じられたのです。

この事件は、60歳定年後の雇用に関するものですから、定年後再雇用時点では「高齢者雇用」の問題ではないですが、「高年齢者雇用」の問題ではあります。
定年後再雇用の問題は、企業の人材・組織マネジメントにとって非常に重要な問題です。
 
名古屋自動車学校事件では、有期契約労働者と無期契約労働者との間の不合理な労働条件の差が存在することを禁じる、旧労働契約法第20条(現在は旧パートタイム労働法第8条と統合され、新設されたパートタイム・有期雇用労働法第8条に移行しています)違反が存在するかどうかが争われました。
ここではその詳細に立ち入ることはできませんが、一審の名古屋地裁判決、二審の名古屋高裁判決では共に、基本給が定年前の60%を下回る部分は違法(賞与も基本給の60%に所定の掛け率を乗じた額を下回る部分は違法)という、いわゆる「60%基準」を打ち出して、定年後再雇用者の待遇につき、旧労働契約法第20条違反という判断を下しました。

ところが最高裁は二審判決を破棄し、審理を名古屋高裁に差し戻したのです。
その内容は高裁の検討の問題点を厳しく指摘するもので、基本給や賞与がどのような目的や性質で支給されているのかの検討と、労働組合との交渉などの具体的な経緯の検討が不十分であり、審理が尽くされていないというものでした。
そのため、まだ決着がついたわけではありませんが、企業実務的には、漠然と「60%基準」で定年後再雇用者の待遇を考えることは許されないわけですから、最高裁の指摘を踏まえて不合理でない待遇を考えていく必要があります。

3.そもそも「定年制」とは?

定年制とは、労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度です。通常は、いわゆる正社員に関して設けられるものです。
正社員は使用者と期間の定めのない労働契約(無期契約)を締結しています。無期雇用ですから、原則的には契約期間の終了時期があらかじめ定められていないわけですが、定年はその例外ということになります。

実はこの定年制は、アメリカでは年齢制限禁止法によって差別であり違法とされているのです(定年が40歳以上の場合)。個人の能力と関係なく、年齢で一律に契約終了させるのは差別だということですね。その定年制が日本ではなぜ認められているかというと、いわゆる「日本型雇用システム」との関係によるものです。
日本型雇用システムは、「新卒一括採用」「年功序列型賃金」「企業別労働組合」(「三種の神器」と言われます)に加えて、「終身雇用」を中心とする雇用慣行です。
そのうち終身雇用については、文字通りの終身になってしまうと、企業における人材の新陳代謝が図れず、どこかで引退してもらう必要があります。そのために設けられたのが定年制なのです。
長期にわたる雇用保障と年功序列型賃金や退職金制度などの手厚い保証があればこそ、定年制は正当化され、公序良俗違反とならないのです。

4.定年と年金との深い関係

60歳定年制が現在の主流となったことは、年金制度の歴史と深い関係があります。
1950年代中盤以降、大企業では55歳定年制が急速に普及していく過程にあったのですが、1954年(昭和29年)に厚生年金保険法が改正されて、男性の受給開始年齢が55歳から60歳に繰り下げられました。それを受けて労働組合からは、年金の受給開始年齢に合わせて60歳定年にするように求める動きが出るようになりました。
その後、1986年(昭和61年)に高年法(「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法」から改称)が60歳以上の定年を努力義務化し、1998年(平成10年)に義務化するに至りました。
かなりの時間がかかっていますが、年金制度が定年制の中身を動かしたことは間違いありません。
そしてまた、年金制度が定年制に影響を与えつつあります。ご存じのように、1994年(平成6年)、2000年(平成12年)の二度にわたる改正により、現在では老齢厚生年金の受給開始年齢が65歳に段階的に引き上げられています。このときに政府は、「60歳引退社会」から「65歳現役社会」の実現を目的としたものだと改正の趣旨を説明しています。

年金の受給開始年齢が65歳になると、60歳定年制では受給開始までの間の生活に不安が生じてしまいます。
そのため、政府は2012年(平成24年)に65歳までの雇用確保措置を義務化する高年法の改正を行っています(施行は2013年4月)。

(1)定年年齢の65歳への引き上げ

(2)希望者全員を対象とした65歳までの継続雇用制度

(3)定年制の廃止

使用者は、(1)から(3)までのいずれかの措置を選んで実施する必要があります。

現在の高年法では、定年を定める場合は「60歳以上」でなければなりません。見方を変えれば、定年年齢が「60歳」であれば法的には問題はありません。
しかし、それは民間レベルの話であって、本年4月には国家公務員法等の一部を改正する法律が施行され、国家公務員の定年が60歳から、2年に1歳ずつ引き上げられ、2031年(令和13年)度には65歳となります。

国家公務員の働き方は民間企業にも遅かれ早かれ波及することは確実です。かつて、完全週休2日制を国家公務員に導入したことで、民間企業でも本格的な導入が進んだという事実もあります。
実は、完全週休2日制は未だに義務化されているわけではありません。そのため、65歳定年制も義務化されないのではと考える方もいらっしゃると思います。
もちろん、確たることは言えませんが、これまで見てきたように定年制は年金制度との関連が深く、いずれ義務化される可能性も相当にあると考えます。そのため、企業も65歳定年を見据えた準備を今のうちから本格化させるべきでしょう。
高年法はつい最近の2020年(令和2年)にも改正され、70歳までの就業機会確保措置が努力義務化されています。
老齢厚生年金の受給開始年齢引き上げの趣旨を説明した際に、「60歳引退社会」から「65歳現役社会」の実現を目的としたものと説明しました。よく読むと65歳「現役」であって、「引退」ではないことに気が付きます。
なんと政府は30年も前から、65歳以降も働く社会を見据えていたのです。ここからはっきりとわかることは、やはり年金制度と高年法は表裏一体の関係だということです。

70歳までの就業機会確保措置については、特定社会保険労務士の矢島志織先生が、本連載と同じ「専門家コラム Professional Eye」の中で実務対応を解説されていらっしゃいますので、ぜひともそちらをご覧ください。

≫ 人事労務News&Topics :『70歳までの就業機会確保への実務対応(1)
≫ 人事労務News&Topics :『70歳までの就業機会確保への実務対応(2)

5.定年後再雇用者の「働きがい」は人的資本経営の重要課題

かつて55歳で「引退」の時代がありました。しかし、現在では65歳でも「現役」の時代が到来しつつあります。とはいうものの、まずは法律で義務化されている65歳までの雇用確保措置にしっかり対応することが最優先です。
多くの企業は定年後再雇用制度を採用していますが、その場合に、定年後再雇用者の「働きがい」に働きかけるマネジメントは、非常に重要な問題となります。人的資本経営の実践のためには、従業員エンゲージメント、あるいは組織コミットメントの視点は欠かせません。定年後再雇用者が正社員時代との待遇差に悩んでいるようでは、「人に投資する経営」とはいえないからです。

≫ 連載第8回:『不確実性の時代だからこそ実践したい!「働きがい」に「働きかける」ための人材・組織マネジメント』 参照

その点で、最初にご紹介した名古屋自動車学校事件の最高裁判決は、非常に大きな示唆を与えてくれます。
「定年前と同じ仕事をしているのに……」という不満や愚痴はよく聞かれるところですが、定年前の賃金が年功序列型でかなり高いレベルであった場合は、定年後再雇用の場合にまで同じ水準で働いてもらうわけにはいかないでしょう。
企業は定年前から、法律の定めや自社の対応能力について丁寧に説明して理解してもらう必要があります。それと同時に、定年後の賃金について、定年前より下がったとしても再雇用者が納得できる水準を設定する必要があります。

この水準の設定が一番の難問でしょう。名古屋自動車学校事件は高裁に差し戻しとなりましたが、最高裁は基本給などについて個別具体的な事情を踏まえて判断すべきという基本的姿勢を示しました。各企業の方々には大変な課題となりますが、ぜひとも社会保険労務士などの専門家にもご相談されて、「働きがい」のある水準を設定するように動いてください。
本連載でも機会を改めて有益な情報を提供しようと思います。
執筆者プロフィール

有馬美帆氏(特定社会保険労務士)   
社会保険労務士法人シグナル 代表社員。ISO30414リードコンサルタント。2007年社会保険労務士試験合格、社会保険労務士事務所勤務を経て独立開業、2017年紛争解決手続代理業務付記。IPO支援等の労務コンサルティング、就業規則作成、HRテクノロジー導入支援、各種セミナー講師、書籍や雑誌記事、ネット記事等の執筆を中心に活動。著作として、『M&A労務デューデリジェンス標準手順書』(共著、2019年、日本法令)、『起業の法務-新規ビジネス設計のケースメソッド』(共著、2019年、商事法務)、『IPOの労務監査 標準手順書』(共著、2022年、日本法令)など。

連載「社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」」

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