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政府が示した「年収の壁・支援強化パッケージ」 その内容は?企業に対する支援策は?

2023年10月30日更新

社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」

政府が示した「年収の壁・支援強化パッケージ」 その内容は?企業に対する支援策は?

[有馬美帆氏(特定社会保険労務士)    ]
政府(厚生労働省)は、本年9月27日に「年収の壁・支援強化パッケージ 」(以下、「パッケージ」といいます)を正式に発表しました。
今回は「年収の壁」問題と、それに対する政府の支援策について説明します。

目次

1. なぜ「年収の壁」対策が必要なのか

いわゆる「年収の壁」とは、パートタイマーやアルバイト(以下、「短時間労働者」といいます)が働く際に、税や社会保険料の負担が生じる年収の基準のことです。
この負担により賃金の手取額が減少することを嫌って、「年収の壁」の直前で年収が収まるように就業調整(働く日数や時間を調整すること)をする人が一定数います。
年収 超えるとどうなるか
103万円 所得税の壁 所得税の納税義務
106万円 社会保険料の壁① 社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入および保険料負担義務
*一定規模以上の企業の従業員の場合(注)
130万円 社会保険料の壁② 社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入および保険料負担義務

注:社会保険の被保険者数が常時101人以上(2024年10月からは常時51人以上)の企業

就業調整自体は、生活防衛策として仕方のない面があります。
ですが、短時間労働者を使用する側からすると、毎年年末が近づくにつれて、就業調整によって人員の確保ができなくなってしまいかねません
そのため、特に中小企業の人材・組織マネジメントにおいて、長年頭の痛い問題であり続けてきました。

今年に入り、政府が「年収の壁」対策に本腰を入れました。
対策に動いた理由の主なものとして、は以下の3つが挙げられます。

①賃上げによる就業調整の回避

②社会保険の適用拡大による就業調整対策

③「2040年問題」(※)

賃上げをした結果、「年収の壁」の問題に直面し、就業調整をされてしまうと、2040年に向けて本格化する人手不足に対応できないからです。

(※)「2040年問題」については、連載第8回でも解説しています。

2. 政府の「年収の壁・支援強化パッケージ」とは?

政府のパッケージの内容は、大きく3つに大別されます。

(1)「106万円の壁」対応

(2)「130万円の壁」対応

(3)配偶者手当への対応

(1)「106万円の壁」対応

「106万円の壁」とは、先ほどの社会保険の適用拡大に伴って生じた年収の壁です。
現在は従業員101人以上の企業において、以下の要件を満たす短時間労働者は、社会保険(厚生年金保険、健康保険)に加入する義務が生じます。
週の所定労働時間が20時間以上
所定内賃金が月額88,000円以上
2か月を超える雇用の見込みがある
学生でない
これまで短時間労働者の中には、加入による保険料負担が生じることを避けるために就業調整をする人がいたわけです。
そこで、政府は「106万円の壁」を意識せずに働ける環境作りを後押しするために、短時間労働者の社会保険加入にあわせて、「手取り収入を減らさない取組み」を実施する企業に対して、労働者1人当たり最大50万円の支援をすることにしました。

政府が挙げた「手取り収入を減らさない取組み」は下記の通りです。

(ア)社会保険適用促進手当の支給

(イ)賃上げによる基本給の増額

(ウ)所定労働時間の延長

(ア)の「社会保険適用促進手当」とは、労働者の社会保険加入に伴い収入を減らさないために、事業主が支給する手当のことです。
この手当を支給した場合は、本人負担分の保険料相当額を上限として、社会保険料の算定対象とされません。ただし、「最大2年間」であることに注意が必要です。

そして、手取り収入を減らさない取組みをした企業への支援として、キャリアアップ助成金「社会保険適用時処遇改善コース」が新設されました。
このコースは、「手当等支給メニュー」「労働時間延長メニュー」が用意されています。両者を組み合わせて利用することも可能です。

(2)「130万円の壁」対応

「130万円の壁」とは、国民年金の第3号被保険者でいられなくなってしまう年収の壁のことです。
第3号被保険者とは、国民年金の第2号被保険者(会社員、公務員など)に扶養される20歳以上60歳未満の配偶者をいいます。

第3号被保険者は年金保険料を負担することなく、将来、老齢基礎年金を受給できる立場ですが、第3号被保険者でなくなった場合には、国民年金と国民健康保険に加入して保険料を負担することになります。
その保険料負担を避けるために、ここでも就業調整が行なわれることがありました。
社会保険の適用拡大の対象とならない規模の中小企業にとっては、こちらの壁が深刻な問題として立ちはだかっています。

政府はその対応策として、短時間労働者が事業主の求めに応じる等により、繁忙期に労働時間を延ばすなどして、その収入が一時的に上がったとしても、事業主がその旨を証明することで、引き続き被扶養者認定を受けることが可能な仕組みを作ると表明しています
ただし、こちらも「連続2年(2回)」という上限が付されていることに注意が必要です。

(3)配偶者手当への対応

配偶者手当とは、配偶者がいる労働者に支払われる賃金の一種です。
民間企業において法定外の福利厚生として支給される場合があり、その名称も配偶者手当以外に家族手当など多様なうえに、支給要件も支給額も企業ごとにさまざまなものがあります。
支給要件は「年収の壁」との関係で決められる例が多く見受けられます。

配偶者手当は共働き世帯が増えたことなどにより、徐々に廃止される傾向にありますが、現在も支給する企業に勤めている人の配偶者にとって、就業調整の理由となる場合もあります。
とはいえ、手当の支給の有無は各企業の判断によるため、政府としては「企業の配偶者手当の見直しが進むよう、見直しの手順をフローチャートで示す等わかりやすい資料を作成・公表する」という形で方向性を示しています。

これらパッケージの内容を踏まえて、中小企業が具体的にどのように対応すべきかが問題となります。
パッケージ自体が2025年までの時限措置であり、さらなる政府の方向性を見据えた対応が求められるため、機会を改めてお伝えします。
執筆者プロフィール

有馬美帆氏(特定社会保険労務士)   
社会保険労務士法人シグナル 代表社員。ISO30414リードコンサルタント。2007年社会保険労務士試験合格、社会保険労務士事務所勤務を経て独立開業、2017年紛争解決手続代理業務付記。IPO支援等の労務コンサルティング、就業規則作成、HRテクノロジー導入支援、各種セミナー講師、書籍や雑誌記事、ネット記事等の執筆を中心に活動。著作として、『M&A労務デューデリジェンス標準手順書』(共著、2019年、日本法令)、『起業の法務-新規ビジネス設計のケースメソッド』(共著、2019年、商事法務)、『IPOの労務監査 標準手順書』(共著、2022年、日本法令)など。

連載「社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」」

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