1.「リスキリング」に関する2つの捉え方
経済産業省はリスキリングを「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義づけています。この定義には、2つの立場からの捉え方が混在しています。
1つは「新しい職業に就くために」「適応する」という言葉でおわかりのように、労働者からの捉え方です。
そしてもう1つは「(適応)させる」という言葉に表れているように、使用者からの捉え方です。
この2つの考え方の混在が中小企業の人材・組織マネジメントにリスキリングを取り入れる際の難しさの原因ともなります。
2.キャリアに対する考え方の変化
本連載の第8回で、政府の新しい資本主義実現会議が発表した「三位一体の労働市場改革の指針 」についてご紹介しました。その冒頭には「キャリアは会社から与えられるもの」から「一人ひとりが自らのキャリアを選択する」時代になってきたという文言があり、そのうえでリスキリングの必要性が説かれています。
これは、先ほどの2つの立場のうちの、労働者の立場からの捉え方といえるでしょう。
≫ 連載第8回:『「2040年問題」を克服するためには 時代に応じた知識やスキルのアップデートが必要!』参照
この労働者の立場からの捉え方は、近時注目されている「キャリア自律」という概念と整合的です。
キャリア自律とは、自身のキャリアについて主体的に捉えながら働き、継続的な学びのなかで時代の変化に適合したスキルを身につける状態のことをいいます。
「キャリアオーナーシップ」という概念も同様の状態を意味します。
まさに、政府がいうところの「一人ひとりが自らのキャリアを選択する」という考え方そのものです。 なぜ、政府は労働者の立場からのリスキリングを推進しようとしているのかといえば、社内(内部労働市場)、社外(外部労働市場)の双方における「労働移動」を活発化しようとしているからです。
生産性の低い部署から生産性の高い部署へ、さらには生産性の低い業界から生産性の高い業界へと人材が移動することで、日本経済を活性化したいという思惑があります。
3.リスキリングに関する2つの課題
リスキリングによって、たとえばDX(デジタルトランスフォーメーション)に対応できるデジタル人材のような時代に適合したスキルを有した人材が増えることは、企業にとっても日本経済にとっても有益なことです。とはいえ、中小企業の人材・組織マネジメントの場合、少なくとも2つの課題をクリアしなければなりません。
その課題の1つは、「リスキリングに関する費用をどうするか」であり、もう1つは「スキルアップした人材の流出をどう防ぐか」です。
前者の費用については、本来ならば企業が費用負担をして、時代に適合したスキルの習得を命じるのが一番なのですが、賃上げ対応などでなかなかその余裕がないこともあるでしょう。
その場合は、国の「教育訓練給付制度 」の利用を労働者に呼びかけることを検討してもよいと思われます。
教育訓練給付制度は労働者の主体的なスキルアップを支援するため、厚生労働大臣の指定を受けた講座を受講・修了した場合に、その費用の一部が支給される制度です。
教育訓練の種類と給付率 | 対象講座の例 |
専門実践教育訓練 最大で受講費用の70%を支給 (年間上限56万円) |
デジタル関係の講座
・ITSSレベル3以上のIT関係資格取得講座 ・第四次産業革命スキル習得講座(経済産業大臣認定) ・職業実践力育成プログラム(文部科学大臣認定) |
特定一般教育訓練 受講費用の40%を支給 (上限20万円) |
デジタル関係の講座
・ITSSレベル2の情報通信資格の取得を目標とする講座 |
一般教育訓練 受講費用の20%を支給 (上限10万円) |
資格の取得を目標とする講座
・CAD利用技術者試験、Webクリエイター、宅地建物取引士 |
その前提を踏まえたうえで、従業員にリスキリングのための受講を促すことになります。
ただし、教育訓練給付の対象講座が、企業の求めるスキルの習得に全面的に適合するとは限らないため、労働者の自発的な学習のみに頼ることには限界があると言わざるを得ません。
やはり、企業による何らかの投資は欠かせないでしょう。
後者の人材流出の懸念については、企業にとって有益なスキルを身につけた労働者については、資格手当の支給や昇進・昇格、スキルを発揮できる部署への異動などで正しく評価するという制度作りで対応するのが基本です。
これは、教育訓練給付制度の利用を呼びかける際にも必要なことです。
自発的な教育訓練の受講を促しても、受講の結果が評価やスキルの発揮に結びつかないならば、受講へのモチベーションは上がらないからです。
まずは、自社にとって不足しているスキル、自社の将来に必須のスキルをしっかりと見極めてから、人材育成のための戦略を構築・実行していただきたいと思います。