働く側(労働者)と雇う側(使用者)が守るべきルールの中で基本となるのは、労働条件について定めた「労働契約(雇用契約)」と「就業規則」です。このほか、労使間で交わす約束ごととして「労使協定」「労働協約」もありますが、それぞれ定義や及ぼす効果は異なります。会社の人事・労務の担当者や士業等の専門家であっても混同しがちな、両者の違いについてお話ししましょう。
※本稿は『教養としての「労働法」入門』(向井 蘭・編著、友永 隆太ほか著)を再編集しています。
法令上の規制を免除するための「労使協定」
労使協定とは、ひとことで言えば、労働基準法(以下、労基法)など
法令上の規制を免除するために締結されるものです。
たとえば、労基法で、使用者は「1週間あたり40時間、1日あたり8時間を超える労働をさせてはならない」とされていますが、労基法第36条に基づく労使協定=
三六協定(サブロクきょうてい ※1)を締結することにより、1週間あたり40時間、1日あたり8時間を超える労働をさせたとしても労基法違反とはならないのです。
※1:三六協定を締結した場合であっても、1か月につき45時間、1年につき360時間を超える時間外労働を行わせることは原則禁止されています。
もっとも、労使協定は労働者との間で契約上の効力を発生させるものではないため、たとえば、三六協定が締結されている場合であっても、労働者に時間外労働を行わせるためには、別途、就業規則等に基づく根拠が必要となります。
また、労使協定は、労基法など一定の法規制を免除するために
「事業場単位」で締結されるものです。逆にいえば、法規制を免除するため以外に労使協定が締結されることはなく、労使協定の締結主体は、過半数労働組合または過半数代表者であり、必ずしも労働組合に限られません。
労働契約を規律する効力をもつ「労働協約」
一方、労働協約は、労働組合と使用者との間で締結される
労働条件に関する契約です。すなわち、労働協約は労使協定とは異なり、労働契約の内容を規律する効力をもっています。
また、労使協定と異なり、法規制を免除するものではないため、労働協約の締結対象となる範囲は、広く個別的労働関係または団体的労使関係に関連している事項に及びます。
このように、労使協定と労働協約はその要件・効果とも異なるものであるにもかかわらず、いずれも労使間で交わされる集団的な合意文書であるという性格が共通していることから、その用語の使い分けがときに不正確になされているのです。
労使協定と労働協約の違い
|
労使協定 |
労働協約 |
効果 |
免罰的効力 |
個別的労働関係を直接規律する効力 |
私法上の効力 |
なし |
あり |
締結主体 |
過半数労働組合または過半数代表者 |
労働組合 |
締結範囲 |
法律上規定され特定の事項に限られる(賃金控除協定、変形労働時間制、フレックスタイム制、時間外・休日労働、計画年休協定等) |
個別的労働関係または団体的労使関係に関連している事項 |
効力が及ぶ範囲 |
当該事業場 |
当該労働組合(一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるにいたったときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用される) |
労働協約の効力の及ぶ範囲と有効期間
労働組合法(以下、労組法)上、労働協約には特別の効力が与えられています。すなわち、労働協約で定められた労働条件その他労働者の待遇に関する事項については、その労働協約の条項が個々の組合員の労働契約の内容を形成する効力が与えられています(労組法第16条)。この労働協約の効力は
「規範的効力」と呼ばれています。
そして、この規範的効力は、労働協約を締結した労働組合の組合員のみならず、他の従業員の労働条件すらも規律する場合があります。すなわち、ある事業場の多数組合が4分の3以上を組織するに至った場合、その事業場で働いている組合員でない同種の労働者に対しても、その労働協約の効力が及ぶこととされているのです(労組法第17条)。
また、労働条件等に関する事項以外であっても、使用者と労働組合間でのルール決めをした事項(※2)については、労使間の債務としての効力が認められています。この効力は、労働協約の
「債務的効力」と呼ばれています。
※2:団体交渉開催についての取り決め、便宜供与についての取り決めなど
労働協約の有効期間は「3年」が上限とされています(労組法第15条1項、同条2項)。また、有効期間の定めがない労働協約においては90日前の予告によって解約することができます(労組法第15条3項、4項)。
もっとも、前述した規範的効力が及んでいた労働条件については、労働協約が終了した後にどのように変容するかは、当事者の合理的意思から判断すべきものとされています。
労働協約失効後、使用者が賃金引き下げを行った事例(※3)において、裁判所は、個別的労働協約は協約満了時における労働協約の内容と同一内容を持続するとし、結果として、労働協約失効後も労働契約の内容となっていると判断しました。
※3:福岡地裁小倉支部昭和48年4月8日判決・朝日タクシー事件
このように、労働協約が失効した後であっても、労働条件に空白が生じてしまう場合には、その規律的効力が残存する場合があり得るのです。
過半数代表者と労働組合の違い ―三六協定締結―
労基法をはじめとする労働関係法令において、
「事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者」に、労使協定の締結主体や意見聴取の相手方としての機能等が与えられています。
労基法制定当時は、時間外労働についての三六協定の締結主体及び就業規則の作成・変更時の意見聴取の当事者として過半数代表者制が規定されていましたが、過半数代表者制が用いられる場面は拡大し、今日では、多岐にわたる場面で過半数代表者制が法で定められています。
この過半数代表者制と労働組合は、どこが異なるのでしょうか。
まず、過半数代表者は、三六協定の締結、就業規則変更の意見聴取等の事項ごとに個別的に選出される一時的な主体であり、常設的機関ではありません。また、過半数代表者は労働組合と異なり、不当労働行為救済制度等による制度的保護が与えられているものではありません。
そのため、現行法上、過半数代表者は労基法等に定められた当該事項について意見陳述、同意、協議等を行う一過性の主体としての位置づけにすぎず、労働組合のような継続的な交渉主体としての性質は有していないのです。
過半数代表者制が規定される条文上、一次的には「過半数で組織される労働組合」を主体とし、二次的に「労働者の過半数を代表する者」が規定されているのは、過半数で組織される労働組合に比して、過半数代表者の交渉能力及び従業員の意思反映が劣後することに由来するものと考えられます。
労働者個人で加入できる労働組合もある
ここまで読まれて、「うちの会社に労組はないから関係ない…」と思った方もおられるでしょう。しかし、結論から述べると、労働組合が企業内に存在しないからといって労働組合問題が生じないというものではありません。
労働者が
職場外の労働組合に1人で加入した場合であっても、その労働組合は会社に対して団体交渉申入れ権をはじめとする
労働組合としての権利を行使することができるのです。
これまで日本における労働組合は、特定の企業で働く労働者によって組織された企業別労働組合が中心となり組織されてきました。しかしながら、労働組合の組織率は、1949年の55.8%をピークに下降傾向にあり、2019年時点では16.7%にまで低下しています(厚生労働省調査)。
一方、企業の外部に存在し、個人加入が許されている労働組合が存在するのをご存じでしょうか。このような形態の労働組合は、一般的に
「合同労組」と呼ばれ、個人加入した従業員への残業代支払や解雇撤回などを求め、企業に対して団体交渉開催要求を行うことができます。
なぜ、職場外の合同労組であっても、団体交渉を求めることができるのでしょうか。
労働組合には、
職業別組合、
産業別組合及び
企業別組合などの形態があり、諸外国では前二者の職業別組合や産業別組合が労働組合の中心を占めています。一方、日本では、企業別組合が労働組合のスタンダードな形態として認知されているため、企業の外部に存在する合同労組が労働組合としての活動を行いうることについて、あまり認知されていない傾向にあります。
しかしながら、労組法は、労働組合を「労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体」で、企業の利益代表者の参加を許したり経費援助を受けていないものと定義しており(労組法第2条)、その企業の従業員のみで組織されなければならないとは規定されていません。
このように、企業内に労働組合が存在しない場合であっても、1人で外部の合同労組に加入することが認められているのです。
ただ昨今は、飲食物の配達員など業務委託契約による働き手が増加しており、必ずしも労基法や労働契約上の保護が及ばないケースも珍しくなくなってきました。「多様な働き方」をする労働者を対象とする労働組合の活動は、より盛んになっていくことが予想されます。
東京都出身。ドイツ(デュッセルドルフ)にて幼少期を過ごす。学習院大学法学部法学科卒業、慶應義塾大学法科大学院修了。2016年弁護士登録。第一東京弁護士会。杜若経営法律事務所所属。経営法曹会議会員。団体交渉、残業代請求、労働災害や解雇事件等の労働問題について、いずれも 使用者側の代理人弁護士として対応にあたっている。特集記事や連載記事の執筆、労務セミナーを主催。