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私はこれまで数多くの企業を見てきましたが、部下のモチベーションの管理やマネジメントに関して、大きな誤解がはびこっていると感じています。例えば、社員のモチベーションを上げるために「評価制度を変えて、もっと給料を払おう」と考える経営者が多くいます。一見すると良い経営者に思えるかもしれません。
ただし、給料がもともと低いのであれば有効ですが、ただ単に、馬の目の前にニンジンをぶら下げるつもりなら考えものです。なぜなら、「給料を上げるだけ」だと、職場に対する三つの欲求のうちの存在欲求しか満たさないからです。
経営学の考え方の一つに「ERG理論」があります。組織やビジネスが発展するのは、人間が「存在」「関わり」「成長」という三つの欲求をもとに働くから、という考え方です。大まかに説明すると、次のようになります。
・存在欲求(E:Existence)
給料や労働条件など、物質的・生理的な欲求
・関係欲求(R:Relatedness)
上司や部下など、人間関係を良好に保ちたい欲求
・成長欲求(G: Growth)
創造的・生産的な影響を与えようとするもの。要するに、「この会社で働いてて自分が成長していけるか」という欲求
重要なことは、この三つがすべて揃っていることです。一つが極端に秀でていても、何か一つでも欠けていれば、その職場から離れたくなるのが人間心理だと言われています。
改めて、この三つの大欲求からモチベーションについて考えてみましょう。まず、社員のモチベーションアップによく使われる報酬アップから。
多くの経営者や上司が「なんで給料をアップしたのに辞める人が多いんだろう?」と首をかしげます。仮に、給料はたくさんもらえていたとしましょう。存在欲求は満たされています。このとき、たくさん働いているので自分も成長もしているし、会社の将来性についても大丈夫そうだとします。成長欲求も○です。
しかし、部下が「うちの上司が嫌な人でさあ」「とんでもない同僚がいるんだよ……」といった悩みや愚痴をこぼしているのであれば、関係欲求が満たされないことになります。結果的に、給料をアップしても、モチベーションは下がってしまい、会社を辞めたくなるのです。
あるいは、給料も良いし(存在欲求は○)、職場はアットホームな雰囲気で、みんな優しくて仲良くやっている(関係欲求は○)とします。しかし、「ここでずっと働いていても、将来性がないな」と思われたら、成長欲求が満たされず転職先を探しはじめるでしょう。または、アットホームな雰囲気で成長できる環境だとしても、給料があまりに低いと「存在欲求」が満たされず、やっていられなくなるのです。
このように、三つの欲求のうち一つでも欠けてしまうと「次の職場」を考えるようになるのです。部下のやる気のマネジメントに悩んでいる上司の方はもちろん、「どうもモチベーションが湧かない」と悩んでいる方は、この三つの欲求が満たされているかどうか、今一度確認してみてください。
評価されるのは目の前にある仕事
三大欲求が満たされると、自然とモチベーションは上がっていきます。しかし、いつも三つが揃っているとは限りません。上司は優秀な人であっても、会社の制度やシステム、人間関係など、どうしようもないことがあります。 そもそも部下の立場では、給与体系や評価制度は変えられません。職場の人間関係を変えていくのも至難の業でしょう。
自分の力で唯一できることは「成長欲求を満たす」ことです。では、そのためには何をすればいいのか。
答えは簡単です。とくに若いうちなら「目の前の仕事を全力でやる」ことです。若い人のなかには「自分の望んだ部署に配属されない」「望んだ仕事がさせてもらえない」「大企業の歯車でやりがいがない」と不満を持つ人がいます。
では、「歯車として」どれくらい全力でやっているのでしょうか。居酒屋などでくだを巻いている人に限って、全力を出していません。目の前のことを全力でこなすこともせずに、希望の部署になど行かれるはずがありません。取引先や同僚、先輩や上司から評価されるわけがないからです。
コピー取りがいくらつまらない作業だとしても、よく言われるように一度「会議の資料づくりのプロ」になってみたらいいのです。「一生、雑用係でこき使われそうで嫌だ」と思うかもしれませんが、果たして本当に一生雑用係になるのでしょうか。あなたのがんばりを見て、「アイツに資料をつくらせておくのはもったいないぞ!」と上司や同僚の目を引くはずです。
「あの人はよくやってるよね」「彼を次のリーダーにしよう」
そうした評価を得るためには、目の前の仕事が仮にくだらなくても全力でやるしかありません。
組織学習経営コンサルタント。株式会社パジャ・ポス代表取締役NPO法人Are You Happy? Japan代表理事。日本大学卒業後、マーケティング会社、通販会社の経営を経て、ドクターシーラボ、ネットプライスなどの社長を務める。年商3億円の企業をわずか4年で120億円にするなど、さまざまな企業の上場、成長に貢献し「成長請負人」と呼ばれる。経験に裏打ちされた「チームビルディング」「チームマネジメント」の手法は、「個人の力が最大限発揮されるチームになった」「部下がついてきてくれるようになった」などと高い評価を得ている。現在は7社の社外取締役を務めつつ、コンサルタントとして一部上場企業からベンチャー企業まで400社以上を指導。
著書に『「いまどき部下」を動かす39のしかけ』(三笠書房)、『今いる仲間で「最強のチーム」をつくる』(日本実業出版社)、『年収の伸びしろは、休日の過ごし方で決まる』(朝日新聞出版)等多数。