(photo by Mike Petrucci/Unsplash)
「すべてのお客様を満足させる接客」の実現は難しいものです。時代とともにお客様の要望も変化し、それにより現場での「接客マニュアル」も変化していかないといけません。
『普通なのにまた行きたくなる「すごい接客」』の著者であり、30年以上も第一線で活躍する接客のベテラン講師・筒木幸枝さんは「マニュアルは従業員を管理するものではなく、個性を活かすものへシフトすべき」と語ります。新しい時代の接客マニュアルについて詳しくお話をうかがいました。
※本稿は『普通なのにまた行きたくなる「すごい接客」』の一部を抜粋して、再編集しています。
多種多様な要望にマニュアルはどう対応するか?
お客様の要望・期待の幅は広がっています。その要望・期待にフィットするには、店員の接客の幅も広げ、ある程度、裁量に任せる必要があります。そこで重要になるのが、
各自の得意分野を活かしていくことです。「お子様の対応が得意」「高齢者の対応が得意」「話好き」など、店員は何らかの得意分野を持っています。それを活かすほうが、お客様への対応の幅が広がります。
しかし、ここに大きな課題があります。1人ひとりの個性を尊重し、得意なことを活かそうとすると、幅広い個性の店員を管理するために、「こうしなさい」「ああしなさい」など、マニュアルを細かくする傾向があることです。ですが、それは逆効果です。
マニュアルで細かく管理すればするほど、店員の行動を縛りつけ、個性を抑え込むことになり、マニュアルとして機能しません。マニュアルは複雑であってはならないのです。
マニュアルを整備するのであれば、今までとはまったく違う考え方をしましょう。それは、
管理するマニュアルから「人を活かすマニュアル」へのシフトです。まず、会社の理念や方針を明確にするために、「やってはいけないこと」「やるべきこと」を伝えます。お客様が入店から出店までで嫌な気持ちにならないように、「プラスマイナスゼロの接客の段階」にするのです。
接客マニュアルを整理する5つのキーワード
ただし、「こんなこと、常識的にわかるでしょう」というのは通用しません。
店員により、常識のとらえ方は違う点に注意します。「やってはいけないこと」としては、あなたの今までの体験からすべてのお客様が嫌だと思うことをピックアップして明確にしていきます。
例えば、「音」であれば、「バックヤードから出入りする際に、ドアの音をさせるのは、お客様にとっては気分の良いものではないので、静かにドアを開閉する」などです。「やるべきこと」は、やってはいけないことと裏腹の関係にはありますが、今日入ったアルバイトでもわかるように、曖昧な表現は使わず、具体的に示します。
小売店の例で言えば、「レジに3人お客様が並んだら、もう一つのレジを開ける」などです。お客様に「ご満足いただけるように」と伝えたところで、どうしたら満足してもらえるのかわかりません。「やってはいけないこと」「やるべきこと」をわかりやすくすることで、自店の接客のイメージを具体化していきます。
さらに、自店の共通認識をマニュアルにする際、重要になるキーワードが、
「安全」「正確」「スピーディー」「感じよく」「作業効率」の5つです。順にみていきましょう。
【安全】
新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、人々の意識が「安全」に向かいました。清掃・清潔などを含め、安全への意識を高めるためのマニュアルは必ず整備します。
【正確】
「正確にオーダーを聞く」「オーダーされた商品を間違いなく渡す」「期日を正確に守る」など、正確に仕事をするための注意喚起のマニュアルも必要です。
【スピーディー】
お客様は商品を購入してさっさと帰りたいと思っています。丁寧すぎて、またモタモタして時間がかかる応対をして、お客様から敬遠されないための内容をまとめます。
【感じよく】
「笑顔で接する」「挨拶を徹底する」「言葉のキャッチボールを行う」など、自社として何をするかを明らかにします。基本の基本です。とはいえ、「感動・感激・サプライズ・ホスピタリティ・おもてなし」などの要素は「感じよく」の部分には入りません。マニュアル化した途端、お客様によっては「おせっかい」「上辺だけ」と感じるだけです。これらはマニュアルの内容を理解した後に、それぞれの店員が、その場その場で考えて実行していくものです。
【作業効率】
仕事は、どんなことも作業効率を考えて行うことが重要です。作業効率の悪い接客のデメリットをいくつかピックアップしてみます。1人で済む作業を2人以上で行うと、そこには私語が発生し、人件費という経費もかかります。私語をしたことで、お客様から頼まれたことを忘れてしまうミスが発生する時もあります。また、商品を取りに行く際、1つ取りに行って戻り、また1つ取りに行くことをしていると、時間がかかります。
重要なことは、お客様の満足度を担保しながら(理想としては高めながら)作業効率を上げていくことです。「やってはいけないこと」をしない、「やるべきこと」をするという考え方も、作業効率とお客様満足の両方を上げるための重要なポイントです。
「人を活かすマニュアル」3つのポイント
改めて、
「人を活かすマニュアル」へのシフトにあたってのポイントを整理してみます。
1. 自社の方向性を全員が理解できる形でまとめる
2. 店全体として「やってはいけないこと」「やるべきこと」を明確にする
1の補足として、「安全」「正確」「スピーディー」「感じよく」「作業効率」の基本的な考え方と具体例を示しておくとわかりやすくなります。店員から実際に聞くと、現状の現場の様子もみえてきます。なお、マニュアルは作成した時点で満足していては意味がありません。そこで、次のポイントにも留意します。
3. 完成したマニュアルをベースに、現場で日々起こる問題を解決していく
3に関しては、例えば、「昨日、お客様に商品の提供間違いがありました。これを改善するためにはどうしたらよいでしょう?」とみんなで考えるということです。これは、「商品は間違えないように提供しましょう」と当たり前のことをマニュアルに書いたところで、改善ポイントを見出せないからです。
「状況に合わせて改善する」「問題が起きるかもしれないと予測して未然の対策を考える」「もっとよくできることはないか探す」、この視点で、柔軟にマニュアルを改善していくことも必要です。年に一度は、内容を改善する機会を持ちましょう。
株式会社モニターユ 代表取締役。1954年生まれ。飲食店経営を経て、1982年から接客インストラクターとして活動を開始。指導する企業の規模は東証一部上場企業から中小企業まで幅広く、また、飲食店などのチェーン店や大手食品メーカーの販売・接客スタッフの育成から、介護・福祉施設といったエッセンシャルワーカーの指導まで、多種多様な業種の研修を実施。「時代や環境の変化でお客様も変わる」「ベテラン=指導力が高いとはいえない」と、常識にとらわれず、自身の経験も過信しない、常に時代の変化を読む接客術を考案・提供するスタイルに定評がある。30年間顧問契約を継続しているクライアントがあるなど、業界内でも稀有な存在。
著書に『飲食店接客サービス読本―応対話法のすべて』(ビジネス社)などがある。